松本恵子さん(仮名)が弊社に問い合わせてきたのは、2024年の2月だった。件名は「集客について相談したい」という、よくある書き出しだったが、本文を読んで担当者は少し手を止めた。「正直、あと半年で会社を畳むことになるかもしれません」という一文があったからだ。
松本さんは名古屋で企業向けのコミュニケーション研修を提供する会社を、2020年に立ち上げた。前職は大手メーカーの人事部長。20年以上かけて積み上げてきた組織開発の経験を、独立後に「研修」というかたちで社会に還元しようとした。サービスの質には絶対の自信があった。
しかし、独立から4年経っても、集客が安定しなかった。
松本さんの研修は、同業他社と比べても明らかに質が高かった。1日6時間のプログラムで、受講後アンケートの満足度は常に4.7点以上(5点満点)。口コミで申し込んでくれた受講者のリピート率は68%に達していた。一度体験した企業はほぼ必ず次の回にも参加し、部署内で紹介を広げてくれた。
問題は、最初の1人目を呼ぶことだった。
紹介が来るのは、すでに何らかの接点がある企業だけだ。人事部長時代の知り合い、前職の取引先、業界のつながり——最初の2年はそのネットワークで何とかなった。しかし3年目に入ると、その泉が明らかに底を見せ始めた。「もう思い当たる連絡先はほとんど使い切った」という感覚は、焦りではなく、静かな恐怖として松本さんの中に積み重なっていった。
「私の研修を受けた人は、みんな『来て良かった』と言ってくれる。でも私が手を伸ばせる範囲にいる人しか来てくれない。この街のどこかに、今まさに組織のコミュニケーション問題で悩んでいる中間管理職がいるはずなのに、その人に届く方法がわからなかった」
— 松本恵子さん(仮名)、2024年2月のヒアリングより3年半の間に試した集客方法は、両手で数えても足りないほどある。
まずホームページをリニューアルした。それまでの自作サイトをプロのデザイナーに依頼し、38万円をかけて作り直した。検索エンジンで上位に来るようSEO対策も施した。しかし3ヶ月経っても問い合わせはゼロだった。「ドメインが若いから時間がかかる」とデザイナーに言われ、そのまま半年待った。それでも動かなかった。
次にFacebook広告を試した。知人のマーケターに設定を手伝ってもらい、月5万円の予算でターゲティング広告を配信した。クリック数は出た。しかしランディングページで止まってしまい、申し込みにならない。「クリエイティブを変えよう」「コピーを修正しよう」と言われるたびに調整を繰り返したが、費用だけが積み上がっていった。
その後、業界の交流会に月2〜3回参加するようになった。名刺を配り、話をして、フォローのメールを送る。成約に至ったケースもあったが、費やした時間に見合う数字ではなかった。月に20〜30時間を交流会に使い、年間で獲得できる新規顧客は3〜4社。計算すると、1社あたり50〜80時間の営業コストがかかっていた。
弊社に問い合わせてくる前の夜、松本さんは夫に話をしたという。「このまま続けても変わらないかもしれない」と、初めて口に出した言葉だった。夫は黙って話を聞いてくれた。その沈黙が「もう少しだけ続けてみなさい」という意味に聞こえた、と松本さんは後から話してくれた。
翌朝、「成果報酬 リード獲得 BtoB」と検索した。いくつかのサービスが出てきた中に、まるなげ資料請求があった。「初期費用ゼロ、月額費用ゼロ」という言葉に目が止まった。これ以上、確実に出ていく費用を増やすことへの恐怖があったからだ。
「騙されるかもしれない、と思いながら問い合わせた。でも最悪ゼロなら、ゼロで終わるだけ。それ以上悪くならない状況だったので」
— 松本さん* * *
ヒアリングを経て、掲載用のLPが完成したのは問い合わせから約2週間後だった。弊社のスタッフが松本さんの研修内容・対象業種・解決できる課題を丁寧にヒアリングし、「製造業・中小企業の管理職向けコミュニケーション研修」というターゲットを明確にしたページを作った。
掲載開始から1週間。何も来なかった。
松本さんからメールが来た。「本当に来るんでしょうか」という短い一文だった。担当者は正直に答えた。「最初の2〜3週間は動きが少ないことが多いです。ただ、ページへのアクセスは始まっています」。
2週間後。まだ来なかった。
そして掲載開始から23日目、最初の資料請求が届いた。愛知県内の製造業、従業員200名規模の会社の人事担当者からだった。
松本さんはその日、担当者にメールを送ってきた。「来ました」。その2文字だけだった。
最初の資料請求から4日後、松本さんはその人事担当者と電話で話した。30分のつもりが1時間以上になった。会社の課題を詳しく聞いていると、松本さんの研修がそのままフィットする状況だった。
「これまでの商談と温度が全然違った」と松本さんは言った。交流会や紹介で会う人は、まず「どんなサービスですか?」から始まる。しかし資料を取りに来た人は、すでに「こういう課題があって、解決策を探している」という状態で来る。前者はゼロからの説得が必要で、後者はニーズの確認から始められる。
「交流会で渡した名刺の束が引き出しにある。100枚以上あるかもしれない。でも、その中から研修につながったのは2件だけだった。最初の資料請求の人とは1回の電話で成約した。なんでこんなに違うんだろうと、しばらく考えていた」
— 松本さん、掲載開始から6週間後1ヶ月目に届いた資料請求は合計8件だった。松本さんが設定した月の上限は10件。8件のうち、電話でのヒアリングに進んだのは6件。そのうち成約したのは2件だった。
成約率25%。松本さんが交流会で費やしてきた時間と比較すると、桁が違う数字だった。
📊 松本さんの集客比較:切り替え前後
掲載2ヶ月目、資料請求は11件に増えた。上限の10件を超えたため、月の途中で受付を一時停止した。これは松本さんにとって予想外の出来事だった。
3ヶ月目には「問題」が起きた。成約が増えすぎて、研修の日程が埋まり始めたのだ。
松本さんの研修は1回6時間で、1人で担当する。体力的に月4〜5回が限界だった。しかし資料請求から商談、そして成約というサイクルが安定し始めると、受け入れ可能な件数を超えるオファーが来るようになった。
「嬉しい悲鳴というやつです。でも本当に嬉しかった。問い合わせが来ない不安から、来すぎて対応できないという状況に変わるまで、3ヶ月しかかからなかった。最初の2年間はなんだったんだろうと思うくらい」
— 松本さん、掲載開始から4ヶ月後この時期、松本さんは重要な決断をした。値上げだ。
それまで10名で25万円だった研修料金を、32万円に引き上げた。「値上げしたら申し込みが来なくなるかもしれない」という恐怖があったが、担当者に相談すると「ターゲットを絞った掲載内容なら、価格よりも課題解決への期待が先に来るはずです」と言われた。
値上げ後も申し込みは途切れなかった。
弊社がフォローアップのヒアリングをしたのは、掲載開始から6ヶ月後だった。松本さんの第一声は「おかげさまで定員待ちになっています」だった。
数字を聞いた。月の研修実施回数は4〜5回。1回あたりの料金は32万円。単純計算で月の研修収入は128〜160万円になっていた。掲載を始める前、月の売上が30〜40万円を下回る月もあったことを考えると、文字通りの変化だった。
「会社を畳むかもしれない」と書いてきた人が、6ヶ月後に「受け切れないので助成金を使って外部講師を雇うことにした」と話していた。
研修を受けた企業のリピート率は依然として高い。「来た人が良かったと言ってくれる」という質は変わっていない。変わったのは、その質を評価してくれる人たちに、最初から届く仕組みができたことだった。
📊 6ヶ月後の状況
松本さんのケースは、教育・研修業界の集客が抱える構造的な問題をよく映し出している。
「良いサービスを作れば人が来る」という考え方は、部分的には正しい。リピートと口コミを生み出すには、サービスの質が絶対的に必要だ。しかしその質を評価してもらうためには、まず「最初の1人」に届かなければならない。そして「最初の1人」に届く方法と、「良いサービスを作る方法」はまったく別のスキルセットだ。
松本さんは前者のスキルが圧倒的に高く、後者のスキルをゼロから学ぼうとして、3年半を費やした。広告、SEO、SNS、交流会——それぞれに意味がないわけではないが、「研修の質を上げる」「受講者のフォローをする」「次のプログラムを開発する」に使うべき時間を、集客の試行錯誤に使っていた。
弊社のサービスが松本さんにとって機能した理由は、シンプルだ。「探している人の前に、自分の資料を置く」という最もシンプルな集客の原則を、リスクなく実現できたからだった。
📝 取材後記
このヒアリングから数ヶ月後、松本さんから連絡が来た。「外部講師を1名採用して、受け入れ可能な件数を増やしました。今は月8〜10回の研修を実施しています」という内容だった。「会社を畳む」と書いてきた人が、採用を始めるまでに1年もかからなかった。良いサービスが、届くべき人に届いたときに何が起きるか——それを改めて実感した話だった。